こんにちは。あいりーんです。
新しいことを始めるには何かを捨てなければならない。
ブログをはじめようと思い、仕事を捨てようと思ったけど、まだ続けてます。。。
まだ何も捨てられていないので、ブログという習慣を続けるのはなかなか難しいですね。
さて、
私が、仕事と育児と家事の両立ができなかった頃、
毎日、通勤の新幹線の中、電車の中で
「ワーママ ケースワーカー つらい 無理」というキーワードでネット検索していました。
同じような人は、どうやって乗り切っているのか知りたかったのです。
でも、当時は見つけることができませんでした。
公務員でネットに情報をあげる人が少なかったからだと思います。
公務員を辞めてからのブログはよく拝見しますけど。
転職に成功した方が発信する転職サイトとか。
視野が狭かったというのもあったのでしょうが、
当時、私にとって救いの情報はありませんでした。
当時の私は、ケースワーカー。
育休明けの転勤で、電車と新幹線を乗り換え、片道1時間以上の通勤でした。
上の子は小学校に上がったばかり。戸締りも留守番も出来ません。
保育園が開く、7時前に門の前にスタンバイ。
保育園の駐車場はギュウギュウだし、信号機もない狭い道路。
交通量も登校児童も多い道路。一旦、家に戻り小1の子と戸締り。
そこから駅に向かい、満員電車に揺られる。
新幹線へ乗り換え。
定期通勤者は指定席券の購入者に怯えながら、空席に座ります。
職場の最寄り駅についてからは、ママチャリで爆走。
始業ベルがなっているとき、事務室に到着です。
これが毎朝。
職場についた時点で疲労困憊。
新幹線のトイレで、「あ、今日初めてゆっくり座った」と気づく。
夫は夜勤で、朝ほとんどいない。
仕事も、精神的にきつい仕事。
全てが辛かったけど、
・自分の子どもが具合が悪いのに、ケースワークを優先させなければならなかったとき
(その日に限って、何カ月も前から準備していた受診とか、呼び出しとか)
・新幹線に乗り遅れると、保育園の迎えに間に合わないというプレッシャーのなか、
ギリギリまで仕事をする
・大雨の日でも、カッパをきて自転車。
ビショビショになったカッパをビニール袋に入れ、新幹線に乗る。
・夫が迎えのときは、ほぼ終電まで残業。
・余裕がなくて、家でもイライラ。
子どもの宿題も連絡帳も見る習慣が作れず、放任。
先生から「何かをやりながらでも良いから見てあげてほしい」と連絡帳に書かれる
・真っ暗な家に帰ると、子どもたちがお父さんと一つのベッドにギュウギュウになって寝ている。
・シンクに山積みになった洗い物。散らかった部屋。溜まった洗濯物
挙げればキリがない。
制度的に、短時間勤務勤務という制度もあったのだけれど、
仕事量や人員的に無理(2人体制)だった。
(余談ですが、短時間勤務とか、パパ育休とか制度があるのは
有難いのだけれど、
残っている人にその分の負担を回すだけ。
人を補充してくれないと使えない。
使えるのは、諦めて心を鬼にした人。)
心も体もボロボロでした。
疲れが溜まりすぎて免疫力もなくなり。
持病の喘息は悪化。土日は休日診療。肺炎で絶対安静。
肺炎で倒れたときは「これで休める」とほっとしました。
「なんでこんなに無理してたんだろう」とベッドの上で点滴を受けながら泣きました。
でもね
私が休んでいる間、すべてもう一人の同僚が負担していたんです(本当に申し訳なかった)
倒れて復帰したからといって、業務や負担が少なくなるわけでもなく。。。
倒れても、何も変わらなかった。
つらいつらいと何度も上司に相談したけれど、変わらなかった。
それから、心がぽきっと折れたのは、2回。
1回目
いつものように終電で帰宅。真っ暗な家。リビングに明かりをつけていたところ、
2歳の娘が、寝室から降りてきたんです。
階段の電気もつけず、声も出さないで。
娘は何も言わないで私に抱っこを求めてきました。
十分に子育ても出来ず、子どもに我慢させて
娘を抱きながら「ごめんね、ごめんね」と泣きました。
2回目
とりあえず、これが終われば楽になる、と思っていた予定が延期されたこと。
1回目のときは、
心療内科に通いだし、睡眠薬を処方してもらいました。
精神科医の産業医との面接にも通いました。
上司と泣きながら面接をし、
「気持ちはわかる」「休んでもいい」「辞めるな」と言われ、安心したことで持ち直しました。
それで半年以上は、何とか続けていたんですが、
2回目のときは、本当にささいな出来事だったんですけど、ダメでした。
有給がなくなるまで休んでしまい、上司から呼び出され、
心療内科に通っていたこともあり、病休を勧められました。
自分でも適応障害だということは分かっていたのですが、
同僚に迷惑をかけてはいけないという責任感で、ずっと休みを言い出せずにいたため、
上司から病休を勧めてくれたことが本当にありがたかったです。
もし、病休を勧められなかったら、欠勤で休んでいたと思います。
最初は1週間でも休めれば回復すると思っていましたが、
体は動かず、早く復帰しなきゃと思えば涙も出てくるし、動悸もする。
そんな状態が2週間目は続きました。
3週間目は、意識的に仕事のことを考えることを止めました。
少しでも仕事のことがよぎると、とにかく違うことを考えました。
録画していたドラマを見るなど、仕事のことは絶対に思い出さないように努力しました。
4週間目
自己認知療法のワークを始めました。
産業医からも自己認知療法を勧められていましたが、苦しさの渦中では出来ませんでした。
しばらく心と体を休ませたことで、自分と向き合う時間がとれたから、手を付けられました。
数日間取り組み、考え方のクセに気づき、復帰に前向きになることができました。
復帰した際、職場のお姉さんや、友人(女性)に「顔色が良くなった」と言われました。
産業医の先生にも、表情が明るくなっていると言われ、病休をとったことを伝えたら、
「良かった。休むしか方法はないんだよ」と言われました。
(正直、「病休を勧めてくれていたら」もっと早く休めていたのにと思いました。)
とにかく、
公務員という福利厚生に恵まれた職業で、
仕事がつらいとか辞めたいということは甘えだと思っている方。
そんなことは絶対にない!
常に人手不足なのに、福利厚生とか制度なんて使えない。
確かに、もっと大変な職業とか、立場の方がいることは十分承知してます。
医療職とか教職とか、本当に大変なお仕事を頑張っていらっしゃる方、本当にお疲れ様です。
でも、人それぞれ容量(キャパ)も状況は違います。
人の不幸は軽く見えるもの。
自分が抱えている苦しさは誰も分かってはくれない。
自分で言うしかない。
察してくれ、は家庭でも仕事でも通用しない。
精神的な症状は、休むことでしか回復しない。
だから、自分を責めないで。
あなたは十分に頑張ってます。
あなたの笑顔より、あなたの健康より大事なものって
責任感ですか?
休むことしか、あなたが回復する方法はないんです。
あなたを守れるのはあなただけ。
大丈夫。
少し休んだら、リセットしてまた頑張ればいいだけだから。
何も心配いらないよ。
だから、今は少し休もう。
私が当時、求めていたように、同じように情報を求めて苦しんでいる方がいるかもしれない、
と思い、とめどめなく書いてしまいました。